所得税④「年末調整廃止論」

最近、河野太郎総裁候補が「年末調整廃止論」を訴えています。

この年末調整を廃止すべきという意見は、実は昔からあるものでした。

この記事では、年末調整廃止の意見についてどう思うのか、私なりに考えを示していきたいと思います。

年末調整とは

年末調整とは、主にサラリーマンの所得税に関する制度です。

所得税の計算方法は、暦年(1月~12月まで)の所得を合計して、これに税率を掛け合わせて求めます。

つまり、所得税は1年間の所得がわからないと計算することができません。

サラリーマンの一年間の所得の合計が分かるのが、12月の給料が支払われた時です。他方、サラリーマンは毎月給料から所得税が天引きされていますが、あの天引きされている所得税は、正しい金額ではなく、概算額です。

つまり、12月の給料が支払われた時に、1年間の所得税を正しく計算できるため、給料から天引きされた所得税の額をその正しい所得税の額に調整するために、所得税の還付または追徴課税がなされるのです。これが年末調整です。

この年末調整により給与所得者の正しい所得税の額が計算されるため、基本的に確定申告を行う必要がないのです。

源泉徴収と年末調整については所得税③で解説しています。

年末調整において会社から書類を渡されて、その記入と提出が求められる理由

会社では年末になると、年末調整を行うための書類を従業員に渡すというのが恒例になっています。

あの書類には何の意味があるのでしょうか。

あの書類には、所得税①の所で出てきた15種類の「所得控除」などを記入する欄が設けられています。

所得税の計算は、「所得控除」が分からなければ計算できません。会社は従業員の所得控除を把握して所得税を計算するために、年末調整にかかる書類の記入と提出を求めるのです。

以下の図を使って再度説明します。

給与所得者の所得税の計算は「(給与収入-給与所得控除-基礎控除-各種控除)×所得税率」で求めます。

つまり、給与所得者の所得税を求めるためには「所得控除」の額を把握しなければなりません。

そこで、年末調整を行うための書類の記入と提出をしてもらうことで、「基礎控除」「給与所得控除」「その他の所得控除」を把握し、所得税を計算するのです。

年末調整のメリットデメリット

年末調整にはメリットとデメリットがあります。

まずはメリットから説明します。

年末調整のメリット

・給与所得者は自ら納めるべき税金を計算しなくてよい
・税務署にとって業務が楽になる

給与所得者は自ら納めるべき税金を計算しなくてよい

年末調整の一番のメリットと言ってもいいかもしれません。本来所得税は自ら計算して納付する義務があります。しかし、年末調整の制度があるため、給与所得者はこの義務から解放されているのです。

給与所得者の所得税の計算は基本的には年末調整で完結するため、一定の場合を除いて自ら確定申告をする必要はありません。

税務署にとって業務が楽になる

日本には沢山のサラリーマンがいます。総務省統計局労働力人口統計室の調査によると、2022年において、仕事を行っている者が6706万人おり、そのうち雇用されている者が約85%なので、日本には約5700万人ものサラリーマンがいる計算になります。

この5700万人もの所得税の計算業務を担っているのは、この人たちを雇用している会社です。つまり、この膨大な業務から税務署は解放されているという見方もできます。

続いて年末調整のデメリットを説明します。

年末調整のデメリット

・納税者が政治に無関心になる
・会社の
事務負担が大きい
・納税者のプライバシーが会社にバレてしまう

納税者が政治に無関心になる

納税者が政治に無関心になるのは、年末調整で自分で税金を計算しないため、支払う税金の額に関心を持たず、結果として税金の使われ方についても関心が薄れるからです。

これでは、ただ税金を支払うだけの従順な羊になってしまいます。

会社の事務負担が大きい

最近では便利なソフトも登場し、昔よりも年末調整にかかる事務負担も軽減されてきました。しかし、それでも事務負担が大きいことに変わりはありません。

納税者のプライバシーが会社にバレてしまう

納税者のプライバシーが会社に知られてしまうことがあります。

例えば、家族に障害者がいる場合、そのことを他人に知られたくないかもしれません。しかし、障害者控除を受けるためには会社に伝える必要があります。また、ひとり親控除を受けるためには、自分が離婚していることを会社に知らせなければならないかもしれません。

このように、所得控除を受ける際に、プライバシーを会社に伝えなければならないことがあります。

しかし反対に、会社が従業員のプライバシーを知ることで、良い面もあるとも言われています。

例えば、社長や上司が従業員の困難な状況を理解し、サポートしてくれるかもしれません。理解のある社長のや上司の下で働くことで、従業員も助かることが多いのです。

故金子宏先生の年末調整に対する意見

金子宏先生は、税法のスペシャリストであり、税に携わる人で知らない人がいないほど著名な方です。

その金子先生は年末調整に対して以下のような見解を述べていました。

我が国の源泉徴収制度は、民主主義的税制、ないし民主主義的租税思想の観点から見て、果たして進歩した制度であると言えるであろうか。民主主義的租税制度の観点からは、国家は主権者である国民自身によって財政的に支えられるべきものであるから、国民が自らの責任において自ら税額を計算し、自らの責任においてそれを納付する制度が望ましい。申告納税制度が自己賦課の制度と呼ばれているのは、そのためである。この見地からは、給与所得については原則として年末調整によってすべての課税関係を終了させる制度は、どんなに行政効率の観点からはメリットがあるとしても、決して好ましいものではない。長期的な方向としては、給与所得者にも、たとえ選択的にであれ確定申告の機会を与えることが好ましい。

つまり、金子先生は、「日本の年末調整の制度は民主主義的な観点から見て理想的ではない」と言われていると思います。理想的には、「国民が自ら税額を計算し納付するべきであり、給与所得者にも確定申告の機会を与えることが望ましい」と述べておられます。

プライバシーに配慮したフランスの年末調整

フランスにおいては、年末調整は納税者自らが行います。

日本では、年末調整をするために会社にプライベートな情報を知らせなければならないときがあるというデメリットがあることを指摘しました。

しかし、フランスにおいては所得控除に関するプライベートな情報は、会社ではなく、国税庁に報告するという仕組みを確立しています。

日本においてもフランスと同じような仕組みを取り入れれば、会社に個人情報を知られたくない人にとってはありがたい制度になります。

年末調整を廃止するとどんなことが起こる?

年末調整が廃止されると、先ほど述べた年末調整のメリットがなくなり、デメリットが解消されることになります。

それ以外にも、もし今現在の日本で年末調整を廃止した場合、どのような事態が起こるのかを予想してみました。

それは、以下のような事態です。

・給与所得控除が廃止される方向に行く?
・移行期は選択制になる?
・新たな格差が生まれる?

給与所得控除が廃止される方向に行く?

そもそも、サラリーマンに認められている「給与所得控除」とは何なのか。

下の図を見て下さい。

右が「自営業者の所得税の計算の仕方」です。左の「現行の給与所得者の所得税の計算の仕方」と何が違うかと言えば、「給与所得控除」が「必要経費」に変わることです(収入もその性質と呼び名は違ってくる)。

そして「必要経費」とは「事業を行うために直接にかかった経費」を言います。

つまり、「給与所得控除」は「サラリーマンが仕事を行う上で直接にかかった経費」という意味合いがあるのです。

とすると、年末調整を廃止して、サラリーマンが自ら確定申告をする場合、理屈的には仕事においてかかった経費は自ら把握すべきであると言われてもおかしくないので、以下のように給与所得控除が必要経費に変わるかもしれません。

そしてここで問題となるのが、今現在のサラリーマンが給与所得控除を超えるような必要経費が計上できるのかということです。

給与所得控除は以下のように、給与年収が上がるにつれて上昇していきます。

国税庁HP参照

例えば給与年収が100万円なら、給与所得控除が55万円となります。また給与年収が500万円なら、「550万円×20%+44万円=154万円となります。

しかし、実際のサラリーマンの方はどれだけ仕事のためにお金を支出しているでしょうか。

令和2年の税制改正にかかる財務省による税制調査会の資料があります。そこには、年収632万円のサラリーマンの必要経費は約25万円と記載しています。

ということは、年収500万円の人に認められた給与所得控除154万円が、年末調整が廃止され、代わりに平均25万円以下の必要経費が計上されることになります。

つまり、154万円-25万円=139万円の所得が増加し、仮に所得税率10%、住民税率10%であると、139万円×20%=27万8千円となり、要は年間の手取り額が27万8千円減少することになります。

移行期は選択制になる?

もし本当に年末調整が廃止になると、その移行には大混乱が生じると思います。今までやり慣れていた作業を辞めて新しいやり方に世の中を直さなければなりません。

年末調整を自分でスムーズにできる人とできない人が現れそうです。よって、移行期は今までどおり会社に年末調整をしてもらう方法と、自ら年末調整を行う方法のいずれかを選択できるようになるのかもしれません。

新たな格差が生まれる?

現行では、会社がサラリーマンの代わりに税金を計算するので、サラリーマンの間では比較的平等に税金が徴収されています。

しかし、年末調整が廃止され、確定申告が義務化されると、税に関する知識格差が生じ、上手く節税できる人と、出来ない人が現れて新たな格差を生むことになるのかもしれません。

最後に

年末調整廃止については、色々な人の色々な立場からの意見があると思います。

これを本当に実行するか否かは政府が決定することなので、国民は見守る他ないのかもしれません。

個人的にもどちらがいいのかよくわかりません。

この先の動向を注視したいと思います。

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