今回は借用概念について解説します。
前回の所得税法㊼「租税法の解釈」で借用概念に少し触れましたが、深掘りします。
借用概念とは
借用概念とは、他の「法」分野で意味内容が確立している用語を、租税法が使うことです。
たとえば、民法で意味内容も確立している「住所」という用語を租税法で使う場合、租税法は民法の「住所」という用語を「借用」したと言います。
この借用概念には注意点があります。それは、借用概念の借用元は「法分野」ということです。つまり法律学に隣接する諸分野(会計学や社会学など)は法分野ではないため、これらの分野で意味内容が確立した用語を租税法が用いたとしても、それを借用概念とは呼びません。
そして租税法が他の法分野で意味内容が確立している用語を借用するときに、その借用元の法分野のことを「本籍地」と呼ぶことにします。
借用概念の2つの考え方
借用概念には2つの考え方があります。
①「租税法が他の法分野で意味内容が確立している用語を借用するとき、租税法においてもその借用した用語を本籍地で確立した意味内容で解釈すべき」という考え方
②「租税法が他の法分野で意味内容が確立している用語を借用するとき、その借用した用語を租税法の趣旨や目的に合致するように解釈すべきで、本籍地における意味内容と同じでなくてもかまわない」という考え方
学説の立場
学説は①「租税法が他の法分野で意味内容が確立している用語を借用するとき、租税法においてもその借用した用語を本籍地で確立した意味内容で解釈すべき」という考え方が通説と言えます。
判例の立場
判例の立場も学説と同じように、①「租税法が他の法分野で意味内容が確立している用語を借用するとき、租税法においてもその借用した用語を本籍地で確立した意味内容で解釈すべき」という考え方を採用しています。
立法の立場
租税法を立法するときは、その租税法の用語の中に他の法分野で意味内容が確立している用語を借用するときがあります。
そして租税法を立法するときも、①「租税法が他の法分野で意味内容が確立している用語を借用するとき、租税法においてもその借用した用語を本籍地で確立した意味内容で解釈すべき」という考え方を採用していると言えます。
租税法の文言解釈について
所得税法㊼「租税法の解釈」の復習になりますが、租税法の文言は以下のアからエに分類できます。
租税法の文言
租税法の文言は色々な言葉が使われています。その文言の性質は以下のように分類できます。
ア 他の法分野で意味内容が確立した用語を租税法で用いている場合(これを「借用概念」と言います。たとえば、民法における「住所」という文言を所得税法で用いる場合。)
イ 他の法分野では用いておらず、租税法が独自に用いている文言(これを「固有概念」と言います。たとえば、所得税法における「所得」という文言。)
ウ 租税法の中で用いている文言で、その文言が日本語として「熟した」もの(たとえば、所得税法で用いる「期間」という文言は「その初めから終わりまでずっと」という普通の日本語として熟成している。)
エ 租税法の中で用いている文言で、その文言が日本語として「熟していない」もの(たとえば、軽油引取税で用いる「炭化水素油」という文言は、普通の日本語として熟成していない。)
アの文言は、他の法分野で意味内容が確立しているなら、その確立した意味内容で租税法においても用いられなければならないとしています。
イの文言は、その租税法の趣旨・目的に照らして租税法独自の見地からその意味内容を決めるべきであるとされています。
ウの文言は、日本語としてその意味内容が世間一般に熟知されており、そのままの意味内容であるべきとされています。
エの文言は、日本語としてその意味内容が世間一般に熟知されておらず、イの文言と同じく、その租税法の趣旨・目的に照らして租税法独自の見地からその意味内容を決めるべきであるとされています。
今回の話である「借用概念」はアの文言の話であり、租税法の文言にはこの他に「イ 固有概念、ウ 日本語として熟した用語、エ 日本語として熟していない用語」があるということです。
規正法令(行政法令)からの借用
これまでの「借用概念」は租税法が他の法分野、主に民法や商法などの取引法や家族法から用語を借用する場合の話でした。
ここの話は、租税法が「規制法令」という法分野から用語を借用するときの話であり、「規制法令」という法分野からの用語の借用も本籍地と同じ意味内容で解釈すべきなのかという話です。
ここに「規制法令」とは特定の行為や活動について基準や制限を定め、個人や団体の行動を調整・制御し、これにより公共の利益や安全、秩序などを守ることを目的としています。たとえば「道路交通法、食品衛生法、建築基準法、薬機法(医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律)、個人情報保護法」など様々あります。
租税法が規制法令から用語を借用した場合、租税法においても本籍地と同じ意味内容に解釈すべきか否かが争われた裁判がいくつかあります。結論は本籍地と同じ意味内容に解釈すべきという判決もあれば、本籍地と同じ意味内容に解すべきではないという判決もあり、バラバラです。
租税法が規制法令から用語を借用した場合に、租税法においても本籍地と同じ意味内容に解釈すべきか否かが争われた裁判例についていくつか紹介します。
租税法が規制法令から用語を借用した場合に、租税法においても本籍地と同じ意味内容に解釈すべきか否かが争われた裁判例
1、「改築」事件(東京高判平成14年2月28日)
租税特別措置法(41条〔当時〕)における「改築」という文言は、建築基準法(当時)における「改築」という文言と同じ意味内容であるのか否かが争われましたが、租税特別措置法41条の「改築」は、建築基準法における「改築」と同じ意味内容ではなく、通常の「改築」の意味として解釈されるべきという判決がなされました。
2、サプリメント医療費控除事件(東京高判平成27年11月26日)
所得税法73条2項及び施行令207条2号の「医薬品」という文言は、薬事法(当時)2条1項の「医薬品」という文言と同じ意味内容であるのか否かが争われましたが、完全に同じ意味内容ではないと判決しました。つまり、薬事法の「医薬品」は日本国内で製造、販売してはいけないものまで含めていましたが、所得税法における「医薬品」は薬事法における医薬品のうち承認を受けたものに限るとして、両者の意義は別々であると判示したわけです。
3、KDDI減価償却事件(東京地判平成31年1月18日)
耐用年数省令別表第1の「線路設備」という文言は、電気通信事業法等の「線路設備」という文言と同じ意味内容であるのか否かが争われましたが、これについては同じ意味内容であると判決されました。つまり耐用年数省令別表第1の「線路設備」という文言は、本籍地である電気通信事業法等の「線路設備」という文言を完全に借用したものであるということです。
最後に
今回は借用概念を確認しました。
租税法が民法や商法などの取引法や家族法から文言を借用した場合、基本的には本籍地における意味内容どおりに租税法において解釈します。
しかし、規制法令から借用した場合には、本籍地における意味内容どおりに解釈するとは限りません。
租税法の文言解釈は、色々と議論がありますが基本的には厳格解釈(文理解釈)がベースとなっています。そして他の法分野から文言を借用する場合も、厳格解釈をベースとして借用した文言を解釈することになります。